今はもう見ることができない・・

いっときにしか見られない、その時期特有の赤ちゃんの仕草がある。なつかしく思い返していたら、ふと今はもう見ることができないその仕草の尊さを書き留めておきたい気持ちになった。いつかこの文章を読み返した時に、この今の感じを想い返せるように、伝わる様に、書いてみたいと思う・・湧き出る愛おしい気持ちと共に。。

新生児の頃に見られるモロー反射。赤ちゃんにとって大きな音と感じられた時に両手両足を大きく広げてビクっとする体勢。私にとって小さいと感じる音でもビクっとこのモロー反射が出ると、かえってこちらがビックリすることがよくあった笑。この反射は新生児期~2か月くらいまでしか見られない!という頭がずっとあったので、心して起こったその時を見守っていた。その仕草が、まるで胎内から放り出された赤ちゃんが必死に外の世界に身体をはって順応しようとしている・・そんな姿にみえた。

ガーゼを顔にのせるブーム。いつだったかふと気づくと、息子が顔の上に四つ折りにしたガーゼをきれ~いにのせ、静かに仰向けのままじっとしていたことがあった・・・「ご・ごご ご臨終ですか~!?」と聞きたいくらいのその姿に、思わず息をしているかの確認をしてしまったほどだった。ガーゼやタオルが大好きな時期があり、パサッと顔の上にガーゼを置くこのご臨終ごっこはしばらくの間ブームが続いたのであった笑。

握り拳を宙に高々と掲げて、じっと見つめ・・かぶりつく。これは自分の腕や手を認識し始めたことを表す仕草らしい。まず見て、そして口に入れてみる。なんでも。高々と揚げた拳を見つめる姿が、まるで何かに勝ち誇ったかのような、けれどどこか控えめで・・・小さく「We are the champion」がバックから流れてきそうな・・そんなププッと笑えてしまう仕草。

飛行機ポーズ。6ヵ月を過ぎた頃からだったか、得意げに飛び立ち始めた!腹ばいで手足は宙に浮かせた格好。飛ぶのに絶妙なバランスを探っているのだろう・・・表情は真剣のそのもの。見ているこちらとしては思わずプーっと笑いたいのをややためらってしまう程に真剣真剣・・そのうちに慣れてくると得意げなドヤ顔で決めてくる笑。いったいどこに飛んでいくのだろうか。。

少し話は逸れるが、この記事を書き始めたのは去年2016年11月末頃(息子7ヵ月)・・今は2017年3月(10ヵ月)。
息子が7ヵ月くらいの頃、上記上題名のようなことを思って書き始めたのだけれど。。7ヵ月末頃から8ヵ月9ヵ月~と、赤ちゃんの目に見える成長スピードが急に速くなり、甘えん坊の可愛さも倍増・・いや親ばかなわけではないと思いたい、3倍増くらいにどんどん目が離せない存在になっていくのだ。これまで育児をしながら振り返りながら、じんわりとあぁこれは書き留めておきたいなぁとblogにしたため、時間時間を味わってこられたものの、ここ数か月は成長溢れる今を感じることで精いっぱい・・・そんな時期に入って来たと感じている。

今晩は息子も寝入り、夫も夜勤・・ひさびさにひとり静かな夜時間を過ごしている。
こんな時間はせめてじんわり振り返る時間にしよう。。。

しがみつかれることのあったかさ

5月産まれの息子は早くも月齢7ヵ月を迎えた。ホントに「早くも」である。過ぎ去ってしまえば、あのどうしようもないくらい振り乱して新生児のお世話に追われていた日々や心身共に閾値をこえてしまう様な時期は、あっという間だったのだなぁと。けれどその時々をおもいっきり踏みしめて味わって過ごした日々だったから・・懐かしく思い返すというよりは、たしかな足跡として振り返ればすぐ後ろに色濃くまだ残っている・・そんな感じがする。

6ヵ月を過ぎたころから「しがみつく」ことをよくするようになった息子。抱っこしている大人の肩・腕にしがみつく、床に腹ばいになっているとき近くに居る大人の足首の辺りにしがみつく。最近のしがみつく行為は今までにもあったいわゆる反射としてのそれではなくて、甘えているしがみつく行為なのだなとぁと感じている。しがみついて顔をうずめて、左右に顔を振りながらすりすり。とっても愛らしい仕草に思わず気持ちがふわっと緩む。しがみついた大人の顔を見上げたりもしてくる。ちゃんと僕をみてくれているかなぁ・・ってことなんだろうなぁと思う。

人が人を想うとき、やはりすりすりしたい思い、甘えたい思いがどこからともなく湧いてくるのだけれど・・・赤ちゃんの側でずっと過ごしていると、甘えることのその原点を目撃しているような、そんな風に思う瞬間が度々ある。それと同時に、「愛らしいと思うこと」ってシンプルにこういうことかなと、私なりにではあるけれどストンと落とし込めて感じることができた気がしている。

甘えるってことばで書いてしまうとなんだか平坦だけれど、自分をゆだねて体温や心音を体で感じながら、胎内にいた時のような温もりに包まれて安心したいとか、愛着や親愛を伝えたいとか・・赤ちゃんはとってもシンプルに全身で表現してくれるから、「そういうことだよなぁ」って、妙にそのあり方が羨ましくなるというか、ハッと気づかされるというか・・そんな立ち止る時間をわたしにくれたりする。

わたしたち大人の複雑な感情だってきっと、一枚一枚丁寧にはがしていくことができるのならば、その一番奥にはそっと・・・やわらかい花びらのような、赤ちゃんが表現するような、そんなシンプルな想いがあるのだろうなぁと、いまはそんな風に思う。

しがみつかれた時にふわっと緩むその感じは、なんともいえないあったかさそのもの。一瞬で満たされてしまう。赤ちゃん時代の記憶は本人には残らないのだろうけど、自分に残す時間ではなく、周りにたくさん言葉にならないあったかさを残してくれる。。わたしにもそんな時期が本当にあったんだろうか・・笑。

 

産後の肥立ち

出産後の身体がこんなにも自分の思い通りにいかないものとは・・・思ってもみなかった。。その感じを、まだ感覚が残っているうちに書き残しておきたい・・そんな思いで書いている。

出産して3日目だっただろうか、病院の1Fにある売店に行ったり飲み物をかったりしてちょっとした気晴らしがしたいと思い、ナースステーションに赤ちゃんを預け、入院中の5F病棟から重い身体を引きずるように降りて行ったのだが。。。その重さといったら、どう書いたら伝わりやすいだろうか・・主には下半身の重さなのだけれど、内臓全体が下垂しているかのような、立っていると今にも下から内臓が飛び出てしまうんではないだろうか・・と思うような、そんな体感したことのない重み+全身の怠さを感じていた。お腹はまだ赤ちゃんが居るんじゃなかろうかというくらい膨らんだまま。。いつもなら、コットと呼ばれる赤ちゃんが寝ている移動式ベッドを支えにガラガラと赤ちゃんと共に移動するので、自分のダル重さを多少そのコットに預けて歩いていた為にそこまでの倦怠感をまともに受けずに過ごしていたのだと思う。気晴らしをしたいと1Fに降りて行ったその時は、支えとなるものが何もない状態で素で歩いていたものだから・・尚更いまの自分の身体のダメージ度数みたいなものを感じ取ることができたと同時に、こんなにも思い通りにいかない自身の身体にショックを受けていた。こんな風になってしまうんだと・・・。

売店につくと、それでも気分だけは、あぁこれこれ!こんな時間がちょっとだけ欲しかったんだ・・と少しの解放感を味わっていた。そんな時間もつかの間、立っている時間が長くなるにつれみるみる全身の倦怠感が覆いかぶさってくるかの様に強くなり、売店の後は隣にあるTully’sで久々のdecaffラテをtakeoutしちゃおうと楽しみにしていたそんな企みさえ消えてしまった。妊婦通院時代から病院で唯一楽しみにしていた場所、白熱灯色のあったかい感じに包まれたTully’s。今いる売店のすぐ隣にあるのに、とっても遠く感じた。とてもじゃないけどそこには辿り着けない・・そんな気持ちになってしまうくらい怠かったことを覚えている。

5階の病室までなんとか戻りなだれ込むようにベッドへ横たわると、みるみる悲しくなって涙が止まらなかった。。身体がつらくて悲しいというよりは、思い通りに動かないことにショックを受けて、お産のダメージというものが産前に想像していたものを遥かに超えていたそのことに・・・。涙がいったんこぼれ始めると、張り詰めていた気持ちが溢れ出て止まらなかった。自分のダル重さなんか二の次にして、産まれたばかりの赤ちゃんをケアしなくては・・。出産後から待ったなしで続いていた状況が自分のキャパを超えてしまったのだろう。もちろん産後のホルモン変化が、落ち着かない気持ちの背景にあったとも思う。

病室に戻る前に本来なら赤ちゃんを迎えにナースステーションに寄らなくてはならなかったのだけれど、とにかく身体が辛くてそれができずにしばらくたってから迎えに行った。待ったなしの生まれたばかりの現在進行形の赤ちゃんを目の前に、自分自身がどこか置いてきぼりになっている・・そんな感じがしていた。私にとって恐ろしいほど壮絶だった出産時の出来事が鮮明に頭身体に残っており、そのことに立ち止まって気持ちを整理する時間などないまま目の前のことや今の状況で手一杯・・そんな風に、自分自身の置いてきぼり感が片隅にあった時期だった。産まれたばかりの息子はエネルギーに満ちていて、きっと私よりも壮絶な出生の時間を乗り越えてここにやって来たはずなのに・・その頃の私とは生きている次元が違うんじゃないだろうかと思ってしまう程、生に満ち溢れていた。そのことが、私をどれだけ引き上げてくれたことか。。

退院して実家でしばらく過ごしたが、倦怠感はなかなか抜けず最初の2~3週間は病院に行った以外はほぼ家の中で過ごし、部屋移動くらいの歩行程度しかできなかったし、階段を上って2階に行くとか外に出て歩くとか、とてもそんな気分にはなれない状況だった。妊娠中であるかのようなポッコリお腹ですり足で歩く・・骨盤ベルトをしていないと内臓物が下から出てしまいそうな感じはしばらく続いた。赤ちゃんの体重増加が停滞していたことで、産後1週間目からちょくちょく病院に行かなければならなかった。自身も悪露が停滞していたことで病院にかかったり。自身の体調にも不安があった中で新生児を連れて出かけることって心身ともにとにかく緊張しっぱなし。。神経のすり減る思いってこういうことかなぁと思ったことを覚えている。外出時も常に側でサポートしてくれていた母には感謝しきれない想いだった。大いなるサポートを約2か月間実家で受け、自分の家に戻った。この頃から少しづつ家事も並行してできる様になってきた。

産後6か月の今、産後の肥立ちというものを思い返してみると、身体精神の大変革の時期だったのだなぁと改めてそう思う。いやまだ現在も「産後」の時期といえるのだけど。。実家の家族や通って来てくれた夫、同じ月齢の子をもつママ友に支えられて心身共に乗り越えられた・・そしてなにより退院後の厳しい時期を、5月の気持ちいい季節が何度となく救ってくれた!

もしも遠い未来、この文章を息子が目にすることがあるのならば・・奥さんになる女性の産後を(もちろん産前から)おおらかな気持ちでサポートしてほしいと思う。ホントに産後は思うように動けないんだから。。その時には、母が私にしてくれた様に、私も精いっぱいその方の支えになりたいと思います!

 

 

至福の時間

産後5か月、育児休業中のいま、たとえば平日の午前中からカフェでお茶・・なんてこともできてしまう。ただこのhot一息の時間が「至福だ~」と思えるには、初めての育児中の今、ある条件がそろわないとそこに至らない・・そんな小さな気づきについて書こうと思う。

ちょっとしたすきま時間にカフェで一人お茶、なんならケーキもつけちゃう笑・・・そんな時間が以前から大好きであった。スタバもいいが特にお気に入りはマッキャートがいただけるillyのカフェ。有楽町やら渋谷やら、何かの用事で近くに行く機会があれば帰りにシメシメとひょいと寄って至福の時間をすごしていた。こんな時間はたいてい手帳を見ながらぼーっと過ごしている。今後のスケジュールを見るというよりは、過ぎ去った過去のスケジュールを見返してああだったなこうだったなとか・・そうやって時間を過ごすことがすきなのである。すきというかスッキリする、といった方がしっくりくる。ここに美味しいsweetsまで添えられていれば萌・・・それはもう私にとって至福の時間。。

産後、カフェに行くことができる機会はちょこちょこあった。機会はあってお茶することができたとしても何だか落ち着かない・・そんなことがほとんどであった。母や夫にベビーを預けて一人で外出している時には、家族が気を遣って「赤ちゃんは落ち着いているからたまにはお茶でもして来なさいよ」とメールをくれるものの、なんだかベビーの事が気になり一人でお茶をするのもかえってソワソワ落ち着かない。だからと言ってベビーを連れてお茶するのも、グズグズ泣き始めたりしないかなぁ・・・とこれまた落ち着かないのである。

そんなある時ふとした隙に、「その時」は来たのです笑。平日朝一番のデパ地下で、お遣い物のお菓子を探していた時であった。ベビーカーで色々見て回り、買うお菓子にも検討がついた頃・・気がつくと赤ちゃんはぐっすり。目の前にはイートインもできるGRAMERCY NEWYORKショップ~!しかもイートインコーナーには誰もお客がいなかった・・・神!そもそもグラマシーニューヨークのお店でイートインコーナーがあるこういう店舗は初めてであった。これは「今でしょ」と思い喫茶コーナーへ。注文はグラマシーニューヨークなのだからやはり初心者的にはチーズケーキからでしょ~とorder。こんな風にmenu表を見ながらあれもいいけどこれも気になる・・どれにしようかと結構真剣に悩む。こんな時間も久しぶり笑。授乳中のためできるだけカフェイン少なめにしたく、デカフェを扱っているか聞くもそこまではしておらず、まぁいいやとそのままコーヒーを。

そんな風にして、赤ちゃんがすやすやしている中で久しぶりに至福の時間を思いがけなく過ごしてしまった笑。お客もいなかったのでベビーカーごと席まで入れてしまい、まわりに気遣うこともなくゆうゆうと!正直チーズケーキは好み的にはいまいちであったが、なんだか大満足。

その後はベビー連れで、ふと赤ちゃんが寝ている時、自分の用事のタイミングやお店の状況が絶妙に合った時には・・わたしなりの至福の時間をちょこちょこと過ごしている。

こんな些細な息抜きが今は本当に大きなリフレッシュ・・・わたしにとっては初の手探り育児を活きいき続けるためのとても大事な時間なのである。

 

わずかなしぐさに想いを

赤ちゃんのしぐさが一つ増えることって、こんなにも心の深いところから想いがあふれるものなんだ・・・側でずっと成長を見守っている者にとって。。日々よく感じるそんな想いを書こうと思う。

息子が生後3か月を過ぎた頃・・・一緒に電車に乗っていると、少し離れたところにいたベビーカーに乗った赤ちゃんに目がいった。体格や表情の感じから、息子と同じくらいの月齢かなぁ~と思い、なんとなく気になってしばらく見ていた。ママがその赤ちゃんにペットボトルを近づけると、むにゅむにゅとなんとなく両手を伸ばして触ろうとする様なしぐさをした。掴んだりとか持ち上げたりは出来ないけれど、ただ目の前の興味のある物に両手を伸ばす・・そんなしぐさ。それを見て、あぁ息子よりも月齢がもっと進んでいるベビーちゃんだなぁと。まだ息子は物に向かって両手を伸ばすことはしないから・・そう思ったのと同時に、赤ちゃんのわずかなしぐさの違いに反応している自分にはっとした。・・赤ちゃんのわずかなしぐさひとつひとつの背景に、側で見守る人たちの想いがあると感じていたから。。

生後4か月を過ぎた今では、息子は目の前の興味のある物に自らの意志で両手を伸ばし握ったりつねったり引っ張ってみたりすることができるようになった。これができるようになるまでに、当たり前の事ではあるがひとつひとつのしぐさの積み重ねがあった。

紐でつり下がった蝶が、仰向けになった赤ちゃんの目の前少し離れたところでゆらゆらしている、そんな遊び用具があるのだが、息子は生後2か月過ぎで腕をぶんぶん振り回していてたまたまその手が蝶にあたって興味を示す事からはじまり、3か月過ぎでは蝶を目掛けてぶんぶん腕や手を動かし、そのうち手を握ったり指も動かすようになってきて・・伸ばした腕をホールドして蝶をいじることができるようになり、4か月を過ぎた今では両手を伸ばして握ったりつねったり引っ張ったり・・。両手を伸ばして蝶をいじっている姿を見かけた時にはハっと驚くほど成長を感じた。

そのひとつひとつのしぐさの積み重ねを側で見守っていて、何かができる様になった(いやまだ進行形なんだろうけれど)その時を目の当たりにした私の想いといったらどう表現したら伝わりやすいだろうか・・。その嬉しさは今まで響いたことのない心の何処かからあふれてくる、そんな想いであった。

私自身、無意識に当たり前のこととして日々行っている動作ひとつひとつの事について、それができる様になるまでの過程の事なんて考えたこともなかったし、その背景に側で見守ってくれていた両親の想いがあったであろうことなど、思いもしなかった。

育児は子供・夫に想いを巡らせると同時に、自分もこんな風に育ててもらったのだろうかと自身の両親に想いを寄せる・・そんな時間であると、今思っている。

・・・にしても、私が手を貸さずに出来ることが少しずつ増えていく息子は、側で自由になっていく・・・そんな風にも見える。成長を見逃すなんて惜しいこと・・できないなぁ。。

 

 

ママたちをリスペクト

世のママたちをリスペクトせずにはいられない。。産後4か月の今でも強く強くそう思う、そんな話を書こうと思う。

2016年5月6日3920gのbigな男児を出産した。予定日を過ぎたある日の早朝、お腹の息子はさてさてそろそろと・・・出てもいいかなのサインをくれ、その後22時間かけて40週3日で産まれてきた。経過順調であれば陣痛間隔がどんどん短くなっていくところ、初産のわたしの場合、微弱化といって間隔が逆に長くなってしまったりと順調には進まず・・子宮収縮を促す点滴の助けをかりることとなった。

なにしろ初めての経験ゆえに、すさまじい陣痛の波の中で息も絶えだえ必死に・・呼吸に集中。「必死」という言葉を、真意を伴って使えている気がする。。いったいこの終わりのない繰り返す波のどのタイミングで、どんな状況で産むんだろう・・・。痛みという一言では表現できない、そんな時間。全身を震わせて、頭から汗だくで、終わりの無い私にとっては恐ろしい世界にうずくまっている、また波が押し寄せてくる。。そんな傍らでサポートしてくれていた夫や母のマッサージの手の温かみを感じる瞬間は、少し現実の世界に戻れた気がしていた。ふたりのサポートなしには乗り越えられなかった、涙が出るほどありがたい・・・人をサポートするって、こういう事をいうんだなぁと心から思った。。

出産直前に受けたyogaレッスンで先生が教えてくれた一言、「陣痛はエネルギーの波」。波はよせてはかえす・・必ず引くタイミングがあるから、呼吸を合わせて・・。ひたすら、エネルギーの波、エネルギーの波・・という言葉を陣痛の波に合わせて繰り返し頭の中で叫んでいた。

「お母さん赤ちゃん頭見えてるよー」と言われてからは、何か違うステージにきたような、それまでの恐ろしい世界とは違う・・けれど必死に呼吸呼吸呼吸・・・。あぁそうか、この延長線上にイキむという場面がくるのか・・と、この段になって初めて体の感覚として産むタイミングが想定でき、そして実際の出産に至った。

「出産」という体験がわたしにとっては衝撃であった。10か月の集大成・・たしかに。産後4か月経った今でも、心があの日に置いてきぼりになっている・・そんな気さえする。周りの女性達、ママ友・・「痛かったね~」と話すけれど、正直そんな上っ面やり取りでは収まらなすぎる・・と黙ってしまうクソ真面目なわたしがまだ居る・・笑。いや痛かった凄かったとか、出産の仕方がどうとか言いたいのでは決してなく、なんだろう・・まだうまく言えないけれど、これが一人の命を産みだすという事なんだ、というか。。

以降私は街なかで子連れのママ達を見かけると、あぁあのママもこのママも。。自転車の前と後ろに2人も乗せてぴゅ~と走ってくママなんて、まじリスペクト。3人の子を産んだ実母・義母に敬意を。

こんな風に自身を産みだしてくれた両親に心の奥底から感謝したいし、この度わたし以上に命がけでこの世に出て来てくれた息子に、頑張ったで賞を!

あの人もこの人も

出産して1か月くらい経ったある日、保育園の見学に出かける用事があった。それは「産後このくらいの時期なら行けるでしょ~」と一応、産前に考えた末に入れた予定だったのだけれど。。

はじめての育児・・わたしの産後1か月頃といったら、実家・夫の大いなるサポートを受けつつ、180%赤ちゃん漬けの毎日。毎日といっても、1日1日の感覚があいまいで気がつくともう日が暮れはじめていて、ヘトヘトな夜明けを向かえるとまた朝が来て・・の連続。お世話に追われて折れそうなココロを救ってくれるのは朝一番の赤ちゃんの寝顔だったり・・。

そんなどっぷり赤ちゃん漬けの日々の中、保育園見学にいくためにひとりで2時間ほど外出した。母に息子を預かってもらい泣いちゃったらミルクを・・とお願いして。出掛けるにあたっては「こんな余裕のない時期にわざわざ保育園見学の予定いれたのはドコのドイツだーっ」と自分への突っ込みが止まらなかった泣。。産後4か月になる今考えれば、息子連れで行くことも出来たんじゃないかとも思えるけれど、当時のわたしにとっては冒険すぎて、おっかなびっくりすぎて・・ひとりでサッと用事を済ませてなるべく早く戻った方が息子にもわたしにもいいように思えた。母には大変な思いをさせてしまったけれど・・。

さて書きたかったのはココから笑。

久しぶりに電車に乗り、どうしようもないソワソワ感をおぼえながら長椅子に座った時のこと。向かいに座っている人たちをまじまじと見入ってしまったのだ。あのおじいさんも、このおばさまも、そこのお兄さんも、あの人もこの人も・・・はじめはみんな赤ちゃんだったのだと!!いやあたりまえの事なんだけど、それでもそのことが信じられないくらい、アノ赤ちゃんだったんだなぁ~と。無防備で、それでいて誰にも敵わないようなエネルギーを秘めている様で、柔らかくて小さいけれどものすごくおおきな存在感を放っていて。・・・しばらく唖然としてしまうくらい、そんな風に感じた。

育児をしていてよく思うのは「こんな風に自分も育ててもらったのだなぁ」ということ。自身の赤ちゃん時代の記憶はない分、自分が育児をする立場になった今、そのない記憶を埋めるようなそんな時間を過ごしている気持にもなる。

・・・2時間ちょっとして家に戻った。駅から家まではもちろん小走り・・笑。外出した時から息子に対して何か罪悪感に近い気持ちがわいていて、授乳の時間をたっぷりとってあげたいなぁと愛おしい気持ちがあふれたそんな日でもありました。

 

 

忘れてしまうには惜しい日々のあれこれ

ふと何かの拍子に思い出す昔の記憶がとても懐かしく、うまく言えないけれど「記憶として片隅に残っててよかった~」と思うことがたまにある。よほど印象的な事柄は、直ぐに思い出せる記憶としてあるのだけれど、そうではない日々に埋もれてしまいそうな日々のあれこれ。。

育児をはじめてから、忘れてしまうには惜しすぎる・・そんな日々のあれこれを書き残したいと思い、blogをはじめることにした。

ゆるやかにおおらかに・・気負わないそんな場所でありたい。